「自傷行為はあまりいい趣味とは言えないな」
「ええ、俺もそう思います」
自覚してるかと暗にそんな思いを潜ませて呟いた言葉に、クルヴェナールが頷いた。
「少なくとも俺には、こんな場所にいること自体、あなたに自虐趣味があるものとしか思えません」
「……それはおにーさんも同じ」
「立場の違いを考えてください。本来ならこれは俺たちのような人間がやるべきことだ」
「オレがイイとこの坊ちゃんにでも見えるか? 育ちはあまりよくない方なんだけどね」
情報提供した張本人が、何を言いだすのか。
矛盾した行動の数々に腹の中では毒づきながらも、この場で出せる応えはとぼけたものに限られる。
できれば、これ以上の接触は避けたいところだ。
しかも内容が内容なだけに、他人に聞かれてよい話でもない。
「いいえ。でも、こういった荒事に手馴れたようにも見えない」
「見かけで判断してたらとんでもない目にあうぜ、おにーさん。それに、オレってば最近どーもツイてるみたいでさ。影でこそこそしながら、咄嗟の時には助けてくれる守護霊みたいなのがいるんだよね。だから今回も大丈夫かもって。別にそればかりに頼る気はねーけど、こういう仕事を受け持つかどうかに当たっての一つの判断材料としては十分だろ」
「それはそれは」
「そうそう。それでさ。もし、オレの背後で何かちょろちょろしてるヤツ見かけたら、かわりに礼言っといてくれないか。それからお節介はもう十分だってことも」
「そういうことはご自身で言われた方が良いのでは?」
こいつ、とぼけやがった。
自分のことは棚に上げて、内心で舌打つ。
今後もお節介な行為をやめる気はないらしい。
「綺麗なお姉さんだったら、もちろんオレ自ら会いに行ってらぶらぶデートのお誘いまで大サービスしちゃうんだけどさ。会って、もし男だったらショックじゃん。やっぱり」
「はあ、なるほど」
クルヴェナールは中途半端に微笑んだ。
「おにーさんもさ。気をつけたほうがいいと思うぜ」
「何にですか?」
「いろいろと。うっかりしてたら死んじゃうよって意味さ。何気ないひとつの言動、行動がどんな意味をなすのか、わからないまま行って身を破滅させちゃうことなんて世の中にゃいくらでもあるんだからな。知っててやってたらそりゃ、さっきも言ったけど、自虐行為。あんまり褒められたものじゃない」
最後の忠告を言い渡し、離れようとしたリオンの背に殆ど間を置かず、声が掛かった。
「でも俺は、俺自身が選んだことなら、たとえそれが己の身を破滅させる結果になろうとも一向に構いません。俺は、それが正しいと思うから、そうしているだけです」
クルヴェナールも自分も、結局のところ似たもの同士なのだろう。それは主に思考的な面で。
ロデリックが国王の座についた後、臣籍に下ってしまっていれば良かったのかもしれない。
官職任命の話はあった。だが自身の出自考えると、それも不相応な処遇のように思えたし、柄でもないことは自覚していたので断った。考えあぐねた挙句に最も妥当と思われた選択肢は下野で、申し出てはみたが、その場で却下されてしまった。できる限り、リオンを自分達の管理下に置いておきたいというのが本音だろう。
そういうわけで、彼は王弟――第二王子――という未だ宙ぶらりんな立場にある。
そもそも何故、ゼベリア前国王は争いの種になるようなことをしたのか。
二年前、リオンは継承者争いを終焉に導くため、臣下の前で自らの出生について語った。語られた内容はまるきり作り話ではなかったが、実はこの時、彼は集まった人々により己が王として不適当であることを証明しようとし、話を仮構しようとしていた。しかし、それはロデリックが制止したために未遂に終わっている。
結果として、彼の兄の行為は正解だった。
リオンは自身の母親の身分を適当に、それも貴族の立場から見れば卑下されかねないものに仕立てるつもりだったのだ。
それが国民の間に広まれば、王族のみならず国そのものに対する信頼を低落させることになる。
いや、既に王の血族でない者を王族と偽っていたという事実は、疑心を生んでいることだろう。
だが、それほど大事に至らなかったのは、前ゼベリア王であるラファエルに対する民の信頼が厚かったためか、それともゼベリア国民の性質が穏やかだったためか、渦中の人であるリオン自身の人柄の良かったためなのかは定かではない。
以後、継承者争いが落ち着いたこともあって、ゼベリア王がリオンを自身の子として育てた理由は、二年の時を経た今も明らかにはされていない。
実のところ、当のリオンも事情までは知らなかった。
これまで、前ゼベリア王はリオンに、そのことについては全く語っていない。双方とも話題に触れようともしなかった。
だからリオンはあの時、自身の記憶と幼い頃から度々耳にした噂だけを頼りに話した。
霞がかっていて曖昧な部分も多いが、確かに覚えている。
雨にぬかるんだ土。
泥にまみれたドレスの裾。
木の幹に身体を預けて、腕に赤ん坊を強く抱いた女性。
途切れがちな白い吐息。
壮年の男が歩み寄る。
記憶に残る養父の姿。
そう、曖昧ながらも記憶に残る―――。
「あれ……?」
引っかかりを感じて、思考を一旦停止する。
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